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大阪高等裁判所 昭和28年(ネ)970号 判決 1961年7月18日

控訴人(第九七〇号事件) 粟井岩吉 (第六二四号事件) 川島機械株式会社

被控訴人 中山楠太郎

主文

本件各控訴を棄却する。

原判決中控訴人粟井に関する部分を次のとおり変更する。

控訴人粟井岩吉は被控訴人に対し大阪市南区谷町筋六丁目一三番地の一地上家屋番号同町第二四番第二号木造瓦葺二階建二戸建店舗一棟建坪二五坪七合五勺外二階坪一六坪のうち南側及北側の各一戸を明渡し且つ南側の一戸について昭和二七年一二月一日以降昭和二八年三月末日迄一ケ月金四、七二二円、昭和二八年四月一日以降昭和二九年三月末日迄一ケ月金六、一一九円、昭和二九年四月一日以降右明渡済に至る迄一ケ月金七、八一三円の各割合による金員、北側の一戸について昭和二六年三月一日以降昭和二七年一一月末日迄一ケ月金二、三七〇円、昭和二七年一二月一日以降昭和二八年三月末日迄一ケ月金八、六二三円、昭和二八年四月一日以降昭和二九年三月末日迄一ケ月金一一、一七四円、昭和二九年四月一日以降右明渡済に至る迄一ケ月金一四、二六四円の各割合による金員をいずれも支払え。

当審における訴訟費用は控訴人両名の負担とする。

この判決は、被控訴人が、主文第三項中南側の一戸につき金二十万円、北側の一戸につき金三十万円の各担保を供するときは、それぞれその部分の明渡及び金員支払を仮に執行することができる。

控訴人粟井岩吉が、金三十万円の担保を供するときは前項南側一戸の、金四十万円の担保を供するときは同北側一戸の各明渡の仮執行を免れることができる。

事実

控訴人両名各代理人はそれぞれ、「原判決を取消す。被控訴人の請求を全部棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並控訴人粟井の代理人は仮執行免除の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件各控訴を棄却する。控訴費用は控訴人等の負担とする。」との判決を求め、なお控訴人粟井岩吉に対する請求を拡張(その実質は附帯控訴)して主文第二、三項と同旨及び、「訴訟費用は第一、二審とも控訴人等の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、

事実関係につき、被控訴代理人において、

(一)  被控訴人は控訴人粟井岩吉に対し本件家屋の南側及北側の二戸全部を賃貸したがその賃貸借は終了したので、同控訴人に対する請求を拡張し、原判決において認容せられた各家屋中北側の一戸のほか、南側の一戸の明渡とこれに対する賃料相当の損害金として主文第三項掲記の金員の支払ならびに前記北側の一戸に対する賃料相当の損害金として同項掲記の金員の支払を併せ求める。

(二)  右南側の一戸について既述のとおり控訴人粟井との間にこれを昭和二五年一二月三一日限り明渡す旨合意解約が成立したのに、同控訴人はこれを履行せず、被控訴人は再三その履行を求め遂に本訴を提起するに至つた。その間相当の期間を経過しているので被控訴人は右控訴人粟井の契約不履行を理由として同控訴人に対し本訴において右両家屋の賃貸借契約を解除する。

次に、右控訴人は本件北側の一戸に、本訴の控訴審繋属中なる昭和二九年一一月中その長男を入居せしめた。右長男は大阪府下上の芝に居住し、鋼鉄商を営み兼ねて株式会社粟井商店の代表取締役に就任し、控訴人粟井とは別個独立の生計を樹てている者であるから、右は転貸借に該当し、被控訴人はこの転貸を理由として控訴人粟井に対し本件北側一戸の賃貸借を本訴において解除する。

よつて、被控訴人従前の主張が総て失当であるとすれば、右各解除を理由として本件各家屋の明渡等を求める。

と述べ、控訴人粟井の代理人において、

(一)  被控訴人主張の賃料相当額はこれを争う。

(二)  被控訴人主張の合意解約は本件家屋中南側の一戸即ち現在控訴会社占有中の一戸のみに関し成立したものであり且つ右解約の合意も、既に陳述したとおり、訴外東洋産業株式会社がその占する家屋を所有者川島正彦に対し明渡す迄本件南側一戸の明渡を猶予する旨の合意がその後成立しているのであるが、右南側の一戸のみについて合意解約の成立した事実によつても逆に本件北側の一戸についてはその賃貸期間満了の際にもこれを明渡すことなく契約が更新せられるものとなつていたことが明らかである。

(三)  被控訴人の解約申入は以下述べるとおり正当の事由がない。即ち、被控訴人はその正当の事由として、本件家屋二戸全部を店舗及び住宅として使用する必要がある、というのであるが、本件家屋は所謂谷六鉄商街に在りこれを使用して機械、鉄商を営む控訴人等は一流の商人であつて、本件家屋を他へ賃貸するとすれば各一戸について金百万円の権利金を取得することができるといわれている。このような家屋を二戸一時に自ら使用して営業するためには金一千万円以上の財力を必要とするのみならず、被控訴人の主張する、内一戸を住宅として使用する、というような贅沢な生活は、資力なく生活難を訴えている被控訴人の到底できることではない。本件各家屋はいずれも階下は店舗となつているが階上には和室数室あり被控訴人の家族六名が居住するためには右のうち一戸の階上部分のみで足るのであつて、仮に被控訴人にその主張のような自己使用の必要があるとしても、二戸の家屋の明渡を求めるのは不当であり、恐らくは内一戸を他へ賃貸して権利金を取得しようとしているものと考えるほかはない。そうして仮に右いずれかの一戸の明渡を受ける必要があるとすれば、それは前記合意解約の成立した南側の一戸を選ぶべきであつて、右いずれにしても少くとも北側の一戸の明渡を求める請求部分は失当である。

と述べ、

証拠関係につき、被控訴代理人において検甲第一第二第三号証の各一、二第四第五号証を提出し、「右は控訴人粟井方乃至その主宰する粟井鋼商事株式会社の写真である。」と述べ、当審における被控訴人本人訊問の結果(第二回)、検証の結果及び鑑定人佃順太郎の鑑定の結果を援用し乙第一号証の成立を認めてこれを援用し、控訴人粟井の代理人において乙第一号証を提出し当審における証人安福市松の証言控訴人粟井被訴人(第一、二回)各本人訊問の結果及び検証の結果を援用し検甲号各証が右被控訴人主張の如き写真であることを認めそのうち第一第二第三号証の各一、二第四号証を援用し、控訴人川島機械株式会社(以下控訴会社という)の代理人において当審における鑑定人安福市松の鑑定の結果を援用し

たほか、原判決事実摘示と同一であるからこれをここに引用する。

理由

先ず控訴人粟井に対する請求について判断する。

主文掲記の家屋二戸がいずれも被控訴人の所有に属すること、被控訴人がこれを昭和二〇年一二月控訴人粟井に対し賃料一ケ月金二一〇円等の定で賃貸し、後昭和二一年秋頃そのうち南側の一戸についてこれを昭和二五年一二月末日限り明渡す旨の合意の成立したことは、いずれも右当事者間に争がなく、控訴人粟井は、右合意はその後昭和二六年五月一八日右当事者間の合意で、訴外東洋産業株式会社がその占有する家屋を明渡す迄右南側の一戸の明渡を猶予することに変更せられた旨主張するけれどもこれを認めるに足る確証がない。してみると、右南側の一戸については控訴人粟井は右合意によりこれを被控訴人に対し明渡す義務があり、その昭和二七年一二月一日以降の賃料相当額が主文第三項のとおりであることは当審鑑定人佃順太郎の鑑定の結果によりこれを認めることができるから、控訴人粟井に対し右一戸の明渡とその賃料相当の損害金の支払を求める被控訴人の請求は正当である。

次に、右家屋中北側の一戸についても、被控訴人は、(一)その賃貸の当初において、六ケ月前の解約申入をすれば必ず明渡す旨の特約が賃貸借契約につけられていた旨主張しまた、(二)右南側の一戸と同時に同旨の明渡の合意が成立した旨主張するけれども、右(一)の事実についてはこの点に関する原審証人車喜一の証言及び原審における被控訴人本人の供述は心証を惹くに足らず他にこれを認むべき確証がないし、右(二)の事実についてもこの点に関する被控訴人本人の原審ならびに当審(第一回)における供述は後記証拠に照して信用し難く他にこれを認むべき確証がなく却つて成立に争のない乙第一号証と当審における被控訴人(第二回)及び控訴人粟井各本人訊問の結果を綜合すれば前記昭和二一年秋頃の合意は南側の一戸についてのみ為され北側の一戸については被控訴人としてはその明渡を受けることを欲したけれども控訴人粟井の承諾するところとならなかつたので被控訴人自身もこれを後日の解決に委ねることとしたことが認められるので、これらの点に関する被控訴人の主張は失当である。

次に被控訴人は、本件家屋二戸はこれを一個の契約により控訴人粟井に賃貸したものであるところ、同控訴人は無断でそのうち南側一戸を控訴会社に転貸したので被控訴人はこれを理由として(右南側一戸とともに)北側一戸についてもその賃貸借を解除する旨主張し、右南側一戸が控訴人粟井から控訴会社に転貸せられたことは控訴人粟井の認めるところであるけれども、成立に争のない乙第一号証、原審ならびに当審(第二回)における被控訴人及び当審における控訴人粟井各本人訊問の結果によれば被控訴人は右転貸借の為された後昭和二一年末頃にはこれを知り默認していたことが認められるので、被控訴人のこの主張も失当である。

然しながら被控訴人が昭和二七年五月一三日の原審準備手続期日において、右北側の一戸についての賃貸借の解約申入をする旨記載のある準備書面の陳述により、その意思表示をしたことは記録上明らかである。(なお、右解約申入が昭和二六年一〇月二四日為されたことは、これを認むべき証拠がない。)そうして控訴人粟井方等の写真であることに争のない検甲第一第二第三号証の各一、二第四第五号証、原審証人車喜一の証言、原審ならびに当審(第一、二回)における被控訴人本人及び原審における被告本人粟井岩吉各訊問の結果、当審における検証の結果を綜合すると、被控訴人は戦前約三〇年に亘り本件家屋を使用し機械商を営んでいたが戦時中本件家屋を他へ貸与して大阪府中河内郡松原町(現在松原市)に移り(後更に肩書現住所に移転)、一時訴外二見和三郎方において同人と共同して商売をしたこともあるが同人死亡とともにその相続人二見勇の求によりこれを廃止し職業及び収入がなく経済的に困窮しその営業再開のため本件家屋を、内一戸を営業所、他の一戸を住宅として、使用したい(その資金は右松原市にある家屋を他へ担保に供して捻出)と考えて右解約申入をするに至つたものであること、他面控訴人粟井は、現在は勿論その当時においても、本件家屋以外に多くの営業用建物を有し本件家屋を明渡してもその営む鋼鉄商に多くの影響を受けるものでないことが認定せられこれに反する証拠がなく、右認定の事実によれば被控訴人の解約申入は、前記南側の一戸の明渡を受けてもなお北側の一戸につき、正当の事由あるものというべく、この点につき控訴人粟井は、前記南側の一戸を明渡せば北側の一戸はこれを明渡すに及ばないことに被控訴人との間で合意が成立している旨主張するがこれを認むべき確証がなく、してみると右北側一戸に対する賃貸借は前記解約申入の六ケ月後なる昭和二七年一一月一三日限り終了したものといわなければならない。

そうして控訴人粟井が右北側一戸に対する昭和二六年三月一日以降の賃料を支払わないこと及び右三月一日当時の賃料が一ケ月金二、三七〇円であつたことはいずれも同控訴人の明らかに争わないところであるからこれを同控訴人において自白したものと看做すべく、右家屋に対する昭和二七年一二月一日以降の賃料相当額が主文第三項掲記のとおりであることは当審鑑定人佃順太郎の鑑定の結果により認められるから、同控訴人に対し右北側一戸の明渡とこれに対する昭和二六年三月一日以降右明渡済に至る迄主文第三項掲記の割合による賃料及び同相当の損害金の支払を求める被控訴人の請求もまた正当である。

そこで進んで控訴会社に対する請求について判断する。

本件家屋中南側の一戸が被控訴人の所有に属すること及び控訴会社がこれを占有していることはいずれも右当事者間に争がなく、控訴会社の右占有が被控訴人から賃借した控訴人粟井から更に転借したのによるものであることは被控訴人の自認するところであり、控訴人粟井と被控訴人との間で成立に争がないから控訴会社の関係においても真正に成立したものと認める乙第一号証、原審ならびに当審(第二回)における被控訴人本人及び当審における控訴人粟井本人各訊問の結果によれば被控訴人は、さきにも述べたように、右転貸借の為された後遅くとも昭和二一年末頃にはこれを知つて默認していたことが認められこれに反する証拠がない。然しながら右控訴人粟井と被控訴人間の賃貸借は昭和二一年秋頃成立した合意により昭和二五年一二月末日限り終了したこと右当事者間に争がないから控訴会社の関係においてもこれを肯認することができこれに反する証拠がなく、原審ならびに当審における控訴人粟井本人、原審における被告(当審において分離)東洋精密工具株式会社代表者本人西村儀三郎、当審における被控訴人本人(第一、二回)各訊問の結果を綜合すると、昭和二六年四月及び五月の二回、関係者相寄り本件紛争その他の問題の解決を協議した際右終了の事実を被控訴人及び控訴人粟井から控訴会社に告知したことが認められる。そうして家屋賃貸借の当事者間における解約の合意は当然には転借人に対抗しうるものではないが賃貸人が右解約につき正当の事由があるときは、借家法第四条を準用して、転貸借は右合意の事実を転借人に告知した日から六ケ月を経過した時に終了し、この場合転借人側に存する事情はこれを顧慮すべきものでないと解するのが相当であるところ、原審証人車喜一の証言、原審ならびに当審(第一、二回)における被控訴人及び原審における控訴人粟井各本人訊問の結果、当審における検証の結果を綜合すると、前記被控訴人と控訴人粟井間の南側一戸に対する賃貸借の終了した昭和二五年一二月末日当時において右各当事者について存在した事情は、前記北側一戸の賃貸借の解約につき認定したところと同一であつて、これに反する証拠がなく、右事情の存在は本件南側一戸の賃貸借の解約についても正当事由とするに足り、従て控訴人の転借権は前記告知を受けた日から六ケ月を経過した遅くとも昭和二六年一一月末日には消滅したものというべく、よつて結局控訴会社は現在被控訴人所有の本件南側一戸の家屋を権原なく占有することに帰しこれを被控訴人に明渡す義務があるから控訴会社に対し右義務の履行として南側の一戸の明渡を求める被控訴人の請求もまた正当である。

以上説明のとおり被控訴人の本訴拡張後の請求はいずれも正当としてこれを認容すべく、そのうち拡張前の部分につきこれと同旨の原判決は相当であつて本件各控訴は理由がなく、よつて民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条第九三条第一九六条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 吉村正道 竹内貞次 大野千里)

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